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原子朗「宮沢賢治と法華経」国語と国文学、第6711号、東京大学国語国文学会、9011月、145154

 賢治の思想は「自然科学の知識や“信仰”と、そして彼の実生活の経験と濃密に渾融し、渦巻状に一体化し」たものであり、しかもその思想によって作品が書かれたのではなく、むしろ逆に「彼の言語運動が、渦巻状の思想を生みだしていった」という重要なことが忘れられてきたために「作品の実態を、いわゆる思想のための資料として読む」研究が多すぎた、ときびしく批判する。続けて賢治の法華経への「感動」には、法華経の「文体」への感動を抜きには考えられないことを強調する。さらに、詩的直感なしに賢治文学はありえなかったと言い、ベルグソンの影響下、生の躍動をその文学の本質に見、意志的な精神と、反精神の本能的な「生命」の二者がそこに存在し、その二律の相克を「最も劇的に私たちに見せてくれているのが、彼の詩にほかなるまい」と指摘する。(大塚)

事項索引:島地大等、文体、ベルグソン、法華経、法華堂建立勧進文、