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宇佐美眞「賢治晩年の足跡」解釈、11月号、教育出版センター、9011月、3638

 昭和六年四月十三日付け、鈴木東蔵宛書簡に着目し、東北砕石工場技師としての賢治と宮城県小牛田とのかかわりを調査したもの。『小牛田町史』を手がかりに、「工藤文太郎(県技師)」「斎藤善右衛門(地主)」「県立斎藤報恩農業館」「小牛田肥料株式会社」等に関する、未詳・未見の資料を紹介し、賢治が石灰の宣伝販売の拠点として小牛田を選んだ理由を考察している。(鈴木)

事項索引:鈴木東蔵、東北砕石工場