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奥山文幸「賢治vs.賢治―括弧付け表現の位相―」日本文学、第39巻2号、日本文学協会、90年2月、3647

 『春と修羅』第一集における「括弧付け表現」をめぐって、エイゼンシュテインの「衝突のモンタージュ」的「モンタージュ技法」と対比させつつ、「映画のショットのように断片化され、時に大胆な省略を敢行した場面の衝突によって、一般の現実の下に隠されている真実の相が継起され、統制された連続性をもつ言葉では表現できない《無意識の立体描写》が可能」になっており、それは「自分でも説明できない無意識なものを丸ごとはきだすため」の方法であり、「世界の再現ではなく、世界の発見へと向かう」ことを導く営みであるとする。(栗原)

作品索引:『春と修羅』「屈折率」

事項索引:映画のモンタージュ、括弧付け表現