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工藤哲夫「賢治と維摩経」京都女子大学宗教・文化研究所研究紀要、第3号、京都女子大学宗教・文化研究所、90年3月、2161

 賢治が維摩経に接していたことは書簡63や「装景手記」から明らかであるが、本論は状況証拠を含めた同経と賢治との関わりについて言及したもの。維摩経は父政次郎の愛読書でもあったが、賢治も関心をよせた聖徳太子の「三経義疏」の一経が維摩経であり、本論では賢治の行った講演の筆記帳(伊藤清一)の内容や、詩「〔北いっぱいの星ぞらに〕」等の内容の典拠を、聖徳太子の「三経義疏」や「維摩経 香積品第十」に見出そうとする。次に父政次郎の賢治批判に維摩経的観点を指摘。さらに維摩経で法華経以上に重視される四摂(布施摂、愛語摂、刊行摂、同事摂)が賢治の生涯の様々なエピソードや実践に見られると指摘し、この点や同経「菩薩行品第十一」から、「雨ニモマケズ」の解析を試みる。また「ヒデリ」の「ヒトリ」誤記説の可能性を小倉豊文とは別の、維摩経的四摂の観点から可能かどうか、問題提起している。(大塚)

作品索引:「〔雨ニモマケズ〕」

事項索引:法華経、宮沢政次郎、維摩経