イーハトーブセンター掲示板


戻る

題名
名前 E-Mail
[ヘルプ] [文字検索]


1宮沢賢治の秘密 2「谷の昧爽に関する童話風の構想」について 3「農民劇団」についての質問です 4待望の北東北初上映「銀河鉄道の夜」 5新作能「光の素足」 6ごあいさつ 7原稿募集! でくのぼう宮沢賢治の会 会報誌12号 8演奏会《宮沢賢治の世界》のご案内 9はじめての思い出 10宮沢賢治の真相が判明した 11ハレー彗星百周年企画  保阪嘉内が見た星空 12私が先生になったとき 13宮沢けんじに何を学か 14ゴーシュの「風車」について 15「風の又三郎」の歌の楽譜 16邦楽・夢コンサートー歌と語りによる宮沢賢治の世界ー 17「イーハトーヴ組曲」の初演 18セロ弾きのゴーシュ 19私の考える「雨ニモマケズ」について。 20イサド について
[全タイトル表示]


宮沢賢治の秘密
0 名前 : 根保孝栄石塚邦男 投稿日 : 2010年07月30日(金) 15時28分32秒
原点は少年期の短歌に窺えます。短歌誌「ときわ短歌」に連載していますが、深く入るにつれ興味尽きないものがあります。
彼は、本物の詩人の魂を持った男でありました。
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(500)


「谷の昧爽に関する童話風の構想」について
0 名前 : H.NODA 投稿日 : 2010年07月30日(金) 10時06分00秒
 何度もすみません。もう一つ質問させて下さい。「春と修羅第二集」の
「谷の昧爽に関する童話風の構想」の中の表現が一部分かりません。
「それもろもろの仏界に」から「また因縁にしたがえり」までの部分です。
賢治の信仰する法華経に関する内容だと思うのですが、意味が解釈できません。
誰かお教えいただけないでしょうか。
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(500)


「農民劇団」についての質問です
0 名前 : H.NODA 投稿日 : 2010年07月30日(金) 10時00分06秒
「春と修羅第二集」の「農民劇団」の一部の解釈が分かりません。
嫁いだ妹とは誰なのでしょうか。また妹の童子を「舞台の雪と青いあかりに
しばらく借せ」とはどういうことなのでしょうか。それから中盤あたりに
ある「そこではしずかにこの国の」から「無心に両手を合すであろう」まで
の部分の意味が分かりません。母に先立って死に三途の川で鬼にいじめられる
幼子達を地蔵菩薩が救う場面だと思うのですが、「母の死による発心」が
分かりません。母より先に子どもの方が死んだはずなのに。誰かお教え
いただけないでしょうか。。
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(500)


待望の北東北初上映「銀河鉄道の夜」
0 名前 : ジョヴァンニ安東 投稿日 : 2009年07月14日(火) 06時52分23秒
はじめまして、賢治好きでよく花巻へ買い物へ行く盛岡の安東です
盛岡の子ども科学館のプラネタリウム(入場料大人300円、こども100円)で
7月18日(土)から「銀河鉄道の夜」が上映されます
数年前、池袋サンシャインのプラネタリウムで
このプラネタリウム映画を見てとても感動しました
幻想的なCGはもちろん、音楽も素晴らしかったです
加賀谷玲氏編曲の「星めぐりの歌」は
今だかつて聴いたことのないほどの美声に涙してしまします
オリジナル曲「One night」も感動の名曲です
ぜひどうぞ!

★KAGAYA「銀河鉄道の夜」サイト
http://www.gingatetudounoyoru.com/index.html
★「銀河鉄道の夜」全国上映館情報
http://www.gingatetudounoyoru.com/allsky/place_map.html
★盛岡市子ども科学館
http://kilkhor.cc.iwate-u.ac.jp/e-haku/kokabou/index.html

★それからの宮沢賢治館(不肖私のサイトで上記歌・動画リンク)
http://jovanni.web.fc2.com/kenji.htm(星めぐりの歌)
http://jovanni.web.fc2.com/ihakohan.htm(One night)
http://jovanni.web.fc2.com/kageps.htm(主よみもとに近づかん)
1 名前 : 安東 投稿日 : 2009年07月14日(火) 06時57分24秒
うまくリンクできず失礼しました。
http://jovanni.web.fc2.com/kenji.htm  (星めぐりの歌)
http://jovanni.web.fc2.com/ihakohan.htm  (One night)
http://jovanni.web.fc2.com/kageps.htm  (主よみもとに近づかん)
2 名前 : 安東 投稿日 : 2009年07月14日(火) 06時59分04秒
再度うまくリンクできず大変失礼しました。
http://jovanni.web.fc2.com/kenji.htm
http://jovanni.web.fc2.com/ihakohan.htm
http://jovanni.web.fc2.com/kageps.htm
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(498)


新作能「光の素足」
0 名前 : もにゃ 投稿日 : 2007年05月31日(木) 09時38分58秒
初めての書き込み、恐縮です。
(管理人様、不適切でしたらご削除ください)

私は能楽の謡を稽古していますが、その師匠が宮沢賢治の童話「ひかりの素足」を題材とした新作能を能楽堂ですることになりました。
4年前から構想を練り、花巻を始め、海外を含む各地で披露していましたが、このたび、東京・千駄ヶ谷の国立能楽堂にて完全な能形式で披露いたします。
お近くの方、ご興味あるかたは、ぜひお立ち寄りくださいませ。

日 時:平成19年7月20日(金)19時開演
場 所:東京・千駄ヶ谷「国立能楽堂」
   (最寄り駅:JR総武線千駄ヶ谷駅徒歩5分、地下鉄大江戸線国立競技場駅徒歩5分)
公演名:「光の素足」
出演者:観世流シテ方・鈴木啓吾、中所宜夫他
席 種:S席7,000円、A席5,000円、自由席3,000円、学生2,000円
申込み:中所宜夫能の会(042-550-4295 nobuo@nakasyo.no-ip.com)

よろしくお願いいたします。
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(500)


ごあいさつ
0 名前 : ノラ 投稿日 : 2010年06月29日(火) 17時28分48秒
はじめまして。私はノラのHNでブログ「ノラの日記」を
運営しております。よろしくお願いいたします。

今回、宮沢賢治の詩『雨ニモマケズ』を考える機会があ
って、それで入澤重夫さんの論考を読ませて頂きました。
このメッセージは、入澤さんの論考を参考にさせて頂き
ました私のご報告、ご挨拶の気持ちで書いております。
人はそれぞれ、様々の立場に置かれる訳で、私のように
気軽な立場で語れる人間ばかりではないと思っております。
その気軽に意見を述べられる立場の私と、意見交換する
自由がどなたにも有るとは思っておりません。
ですから、ご返事を強く求める意味はありませんけど、
ホモイさんとお名乗りの方のご訪問をいたただきました。
こちらの組織とどのような関係にあるか存じ上げませんが、
アドレスを教えていただきまして、お訪ねした次第です。
下記のとおり、私の拙文『ヒドリ』を載せましたので、
ご都合がつきましたら、お目をお通しくださいませ。
考えたことを考えたままに綴っておりますので、入澤さん
を決して誉める内容ではありません。
そのことだけ、初めに申し添えておきます。長長の文章に
お目を通していただき、ありがとうございました。拝。

<A ref="http://shinshu.fm/MHz/54.32/archives/0000329604.html">  <b><FONT COLOR="hotpink">『ヒドリ』</FONT></A>
1 名前 : ノラ 投稿日 : 2010年06月29日(火) 17時35分05秒
「入澤康夫さま」とすべきを誤まってしまいました。
申し訳ありません。ご容赦願います。
削除ボタンがありませんので、お取り扱い、よろしくお願いいたします。拝。
2 名前 : ぴちゅこ 投稿日 : 2010年07月01日(木) 14時33分42秒
人はだれしも書き間違い、書き損じをします。
3 名前 : ノラ 投稿日 : 2010年07月01日(木) 16時00分39秒
ぴちゅこさん、、お読みいただき、有難うございます。

>人はだれしも書き間違い、書き損じをします。

そしてその後、間違いに気づいたファンは潔く改めます。
己の言葉足らずで誤解を招いたことに気づいた場合も同じです。

宮澤賢治を大切に思う人も、どうように潔くあって欲しいものです。
それが、ぴちゅこさんが述べられた所の『人』であろうと思います。

宮澤賢治とは近しき仲にない私ですが、宮澤賢治を護りたい。
まして、宮澤賢治を貶める者のなかに、ファンはいないのです。

貴重なお言葉をかけていただき、有り難うございました。拝。
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(497)


原稿募集! でくのぼう宮沢賢治の会 会報誌12号
0 名前 : でくのぼう宮沢賢治の会 原稿係 投稿日 : 2010年06月24日(木) 16時23分10秒
はじめまして。「でくのぼう宮沢賢治の会」会員の山本と申します。
今回、会報誌(12号 9月発行予定)に掲載される原稿の募集告知をさせていただきます。
締め切りが近くて誠に申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願い致します。



「原稿募集! 会報誌12号」

でくのぼう宮沢賢治の会の会報誌12号を発行しますので、
ふるってご投稿下さい。宮沢賢治について、どなたでもどうぞ。


 研究論文     (8000字以内)
 所感・その他   (4000字以内)
 原稿用紙、またはEメール
 原稿締め切り 2010年7月10日

原稿掲載の採否は編集室にご一任下さい

原稿の送り先 
〒248−0014 鎌倉市由比ガ浜4−4−11(リラ研内) でくのぼう宮沢賢治の会
          メールアドレス yamamoto@dekunobou.com 
          問い合わせ電話 0467(23)8741(熊谷)

でくのぼう宮沢賢治の会HP http://www.dekunobou.com/
ブログ          http://hiroba.dekunobou-porano.sub.jp/
会報11号(2008年4月発行)http://www.dekunobou.com/kaihousi11.htm
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(500)


演奏会《宮沢賢治の世界》のご案内
0 名前 : 大阪コレギウム・ムジクム 投稿日 : 2009年02月22日(日) 17時49分49秒
大阪を拠点として活動する演奏団体、大阪コレギウム・ムジクムと申します。

昨年もこちらに書き込ませていただいたのですが、今年も来る3月15日(日)に東京・第一生命ホールにて「東京定期公演」を開催いたします。
今回は「宮沢賢治の世界」と題し、宮沢賢治の詩を用いた様々な曲を演奏いたしますので、ぜひご案内させていただきたく書き込ませていただきました。

一昨年、大阪で演奏し企画ともに好評を得た「宮沢賢治の世界」を、曲目もあらたに東京定期公演での再演となります。
今回は、よく演奏されてきた名作から関東初演となる新作までを幅広く集めました。
編成も、アカペラ作品、ピアノ・チェロ・パーカッションを伴った作品、櫓太鼓などパーカッションの入った劇的要素の多い作品、と多様です。
特に千原英喜氏の作品はどれも関西でしか演奏されていない新作で、今回関東方面の皆さんにお聴き頂くのは初めての機会となります!
心にしみじみと伝わってくる作品、軽快で愉快な作品、熱く心揺さぶられる作品と、どれも名作ばかりです。

それぞれの作曲家の紡ぎ上げた<宮沢賢治の世界>。
大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団のハーモニーに包まれて、賢治のことばの一つ一つが御客様の心に届きましたら幸いです。

皆様のご来場を心よりお待ちしております。

    ◆        ◆        ◆        ◆

【大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団 第15回東京定期公演 〜宮沢賢治の世界〜】

日 時:2009年3月15日(日) 開場14:30 開演15:00

指 揮:当間修一
合 唱:大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団
ピアノ:木下亜子
チェロ:大木愛一
打楽器:山内利一 渡辺友希子
ピッコロ:礒田純子
クラリネット:高橋由有子

曲 目:
 高田三郎/混声合唱組曲「心象スケッチ」より
 鈴木輝昭/童声(女声)合唱とピアノのための「イーハトーヴ組曲」より
 林  光/宮沢賢治の詩によるソング・アルバム「岩手軽便鉄道の一月」[混声合唱版]より
       祈り
       星めぐりの歌  ほか
 鈴木憲夫/混声合唱曲「雨ニモマケズ」
 千原英喜/「種山ヶ原の夜の歌 ―異伝・原体剣舞連」(関東初演)
      混声合唱組曲「月天子」(関東初演)
      文語詩稿<祭日>混声合唱とチェロ、ピアノ、パーカッションのために(関東初演)

料 金:S/5,500 A/4,500 B/3,500 学生/2,500 高校生以下/1,500

 ※よろしければホームページ http://www.collegium.or.jp もご覧ください。

    ◆        ◆        ◆        ◆

お申込は大阪コレギウム・ムジクム事務所 office@collegium.or.jp まで、
どうぞお気軽にご連絡ください。
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(500)


はじめての思い出
0 名前 : マカロン 投稿日 : 2010年06月01日(火) 10時40分48秒
はじめて読んだ賢治の童話の、思い出は何でしょう
1 名前 : マカロン 投稿日 : 2010年06月01日(火) 10時42分04秒
『雪渡り』が教科書に載っていて、そのファンタジーにワクワクしました
『指輪物語』や『ハリポタ』なども良いですが、
賢治やあまんさんなどの、日本的なファンタジーも素敵ですよね^^
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(499)


宮沢賢治の真相が判明した
0 名前 : たつまき 投稿日 : 2010年05月16日(日) 04時54分25秒
宮沢賢治の真相が判明した。
創造主らの宇宙ブロックス管理界の教えによれば、成人の彼は、トカゲ座レプティリアン(4次元爬虫類型ヒューマノイド)の変身体だった。
元の賢治は少年時代に円盤で拉致、殺されて、飲血、死体分解された。そのあと、レプティリアンが生前の賢治そっくりに変身した。
地球はレプティリアンに侵略され資本制金権奴隷支配体制で支配されている。
「宮沢賢治」ことレプティリアン変身体は、従順な奴隷の支配を続けるため、日本人に「でくのぼう」になれと、詩を書いた。
「銀河鉄道」なんて、円盤で飛来したレプティリアンにとっては子供騙しのたわ言だが、日本人には有効だった。21世紀でもそれはマスゴミが続けている。
秘められた真相が暴露された:
http://gold.ap.teacup.com/tatsmaki/73.html


名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(500)


ハレー彗星百周年企画  保阪嘉内が見た星空
0 名前 : むこうみずさん 投稿日 : 2010年04月22日(木) 20時47分17秒
ハレー彗星百周年企画  保阪嘉内が見た星空

保阪嘉内が甲府中学1年生の時に描いたハレー彗星のスケッチ 1910年5月20日
 百年前、南アルプスの上空に現れたハレー彗星を保阪嘉内はスケッチに描き「銀漢ヲ行ク彗星ハ 夜行列車ノ様ニニテ 遙カ虚空ニ消エニケリ」の文を残した。このスケッチは盛岡高等農林に持って行き心友となる宮沢賢治にも伝わり「銀河鉄道の夜」へのヒントにつながっていく。ハレー彗星を描いて百年のこの時、嘉内が見た星空と嘉内の甲府中学時代に描いた理想に思いを馳せてみませんか。 現地見学と映像と講演で再現します。     
5月15日(土)午後6時〜
甲府市舞鶴城公園内恩賜林記念館に集合    甲府市丸の内1-5-4 TEL 055-226-6279
現地見学 甲府城址の甲府中学寄宿舎跡地から
           鳳凰三山と甲斐駒ヶ岳を望む
午後6時30分〜 講演会 恩賜林記念館大会議室
保阪嘉内の甲府中学時代 保阪庸夫氏(保阪嘉内次男)
保阪嘉内が見たハレー彗星   加倉井厚夫氏
              (宮沢賢治学会会員)
主催 保阪嘉内・宮沢賢治 アザリア記念会
韮崎市中央町11−52 韮崎中央公民館 0551−22−1121
後援 山梨県立文学館・山梨県立科学館・韮崎市教育委員会
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(500)


私が先生になったとき
0 名前 : らら 投稿日 : 2010年03月25日(木) 23時38分15秒
はじめまして。
「私が先生になったとき」っていう詩が宮沢賢治のものだと信じている方がいらっしゃいます。
それって、どうなんだろうと思います。
詩の内容はなるほど、と思えるのですが、作風は賢治のものとは似てもにつかないものだというのが一般の評価らしいです。
でも、一部では賢治作だと信じておられる方がある・・・。

こちらの会で、あれは別人の作品なのだという発表をすることはないのでしょうか。
また、賢治作だと信じておられる方には、信じておかれるままにしておくのでよいのでしょうか。
1 名前 : らら 投稿日 : 2010年03月26日(金) 04時52分50秒
ちなみに、どういう詩かというと、こういう詩です。
ご存じの方も多いと思いますが。


私が先生になったとき


私が先生になったとき
自分が真実から目をそむけて
子どもたちに本当のことが語れるのか
私が先生になったとき
自分が未来から目をそむけて
子どもたちに明日のことが語れるのか
私が先生になったとき
自分が理想を持たないで
子どもたちにいったいどんな夢が語れるのか
私が先生になったとき
自分に誇りを持たないで
子どもたちに胸を張れと言えるのか
私が先生になったとき
自分がスクラムの外にいて
子どもたちに仲良くしろと言えるのか
私が先生になったとき
ひとり手を汚さず自分の腕を組んで
子どもたちにガンバレ、ガンバレと言えるのか
私が先生になったとき
自分の闘いから目をそむけて
子どもたちに勇気を出せと言えるのか

2 名前 : why@管理人 投稿日 : 2010年03月26日(金) 20時26分21秒
これは有名なニセモノです。
教育関係というか教員組合の方で流布しているようです。
このサイトにも関連した情報があります。
http://www.kenji.gr.jp/library/qanda/qa4.html#qa4-4

こういう低級なものが宮沢賢治作と思われることは、
賢治のファンとしては耐えがたいです。

最近は作者不詳と紹介されることが多いようですが、
紹介に値するものなのでしょうかね。
3 名前 : らら 投稿日 : 2010年03月26日(金) 20時47分07秒
管理人様

ありがとうございます。
やっぱ、偽物ですよね。
全然違うし。
以前にもやはり話題になったことがあるんですね。

内容的に、教員受けするものだと思います。

「賢治」と書いてなければ全然気にならないのですが。
何かほんと、二次被害が出ないようにできればいいと思うんですが。

紹介してくださった毎日新聞の記事とやらを探してみたいと思います。
ありがとうございました。
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(497)


宮沢けんじに何を学か
0 名前 : GOH HOE HOE 投稿日 : 2010年03月18日(木) 18時31分38秒
Amwnimo この詩を聞いてどううなような気持に成りましたか。 30何年前にこの詩を聞いて 、
読ぶたびに私の心にあたらし喜びをあたええています。此の詩の作者の宮澤賢治は、 日本の誰でもよく知っている人です。岩手県金持の家にうまれ、周りの人々は水害や農作物の不作に苦しんでいたのをみまし幼いから賢治は競争のない生き方を選びました。生涯勇気を土台としてどな苦しことかなしことに出会っても、 冷静に行動する。そして分かち合い経たてない愛情をそぞいて農民達に助かりました。。宮澤賢治 は農林学校の先生
になこともありました。先生として生徒達と畑を耕したり、見学旅行したりをしました。教室にいつも生徒達に
理論と 実践の重要性を説いた
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(500)


ゴーシュの「風車」について
0 名前 : kamaneko 投稿日 : 2010年02月13日(土) 11時03分09秒
初めて書き込みさせていただきます。
今、「セロ弾きのゴーシュ」の朗読の練習をしています。
そこで、この「風車」を「かざぐるま」と読むのか「ふうしゃ」と読むのか
すごく迷っています。
「ぐるぐるぐるぐる」の感じだと「かざぐるま」がぴったりのような気がするし、
ゴーシュの周りを廻るなら「ふうしゃ」のほうがいい気もします。
地域的に、ふうしゃがあったとか、賢治さんがふうしゃが好きだったとか
なにかご存知のこと、またはご意見をお聞かせいただけるとうれしいです。
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(500)


「風の又三郎」の歌の楽譜
0 名前 : 中村節也 投稿日 : 2006年11月28日(火) 11時34分16秒
「イーハトーヴ歌曲集」の改訂版に新しく「風の又三郎」の歌が追加されました。多くの方のご要望があったからです。
昭和15年日活の文芸作品として製作された同名の映画主題歌でした。またこの映画によって、賢治さんの名が一躍全国に知れ渡ったという記念すべき映画でもありました。レコードも発売され、当時童謡歌手だった菅原都々子さんによってヒットしました。作曲は杉原泰蔵氏で戦後は裕次郎映画の音楽で活躍した方でした。今回は著作権継承者のお許しをいただいて、編曲、出版の運びとなりました。いままでだれでも知ってはいても歌詞もメロディもはっきりしない、しかも楽譜が無かったいわゆる「幻の歌」でした。楽譜は(株)マザーアースへどうぞ。 http://www.mother-earth-publishing.com 
      
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(500)


邦楽・夢コンサートー歌と語りによる宮沢賢治の世界ー
0 名前 : 下野戸亜弓 投稿日 : 2010年02月07日(日) 05時49分18秒
コンサートのお知らせです。

 子供から大人までが一緒になって楽しめる、邦楽によるコンサート<邦楽・夢コンサート>。
 今もなお多くの人に愛され親しまれる宮澤賢治の作品には、世代を超えて心に響く言葉の宇宙があり、音楽があります。今回は賢治自身の作曲による歌曲と、童話を二題取り上げます。そして新作「鹿踊りのはじまり」では、箏・尺八・十七弦・鳴り物(打楽器)といった邦楽器を伴う語りの音楽に、切り絵作家の横倉絹枝さんによる絵の映像とのコラボレーションを試みます。それはまるで邦楽による読み聞かせのように、新しい賢治の世界へと誘ってくれることでしょう。編曲は賢治の研究者としても名高い中村節也氏、音楽を通して賢治の作品とその人柄を知る上でも貴重なプログラムです。ぜひご家族で、またお友達を誘ってお出かけください。邦楽を知る人も知らない人も、お子さんから大人の方まで夢のようなひとときをどうぞお楽しみください。


 「邦楽・夢コンサート〜歌と語りによる宮沢賢治の世界〜」
 2010年3月22日(月・祝日)午後2時開場/午後2時30分開演

会場/ベイシア文化ホール(群馬県民会館)小ホール
  群馬県前橋市日吉町一丁目10−1
   TEL 027-232-1111

*プログラム
1、 星めぐりの歌 (宮沢賢治 作曲/中村節也 編曲)
     箏弾き歌い/下野戸亜弓
2、 牧歌(ぼっか)  (宮沢賢治 作曲/中村節也 編曲) 
    箏・歌/下野戸亜弓  尺八/善養寺惠介 
3、 「ざしき童子(ぼっこ)のはなし〜箏弾き語りによる〜」
   (宮沢賢治 作/下野戸亜弓 作曲/望月晴美 作調)
     箏弾き語り/下野戸亜弓   鳴り物/望月晴美
4、 新作初演「鹿踊(ししおど)りのはじまり」
   (宮沢賢治 作/下野戸亜弓 音楽構成/中村節也 編曲)
        箏・歌・語り/下野戸亜弓  箏・十七弦/平野裕子、
        尺八/善養寺惠介   打楽器/望月晴美
 

*出演
下野戸亜弓(箏・歌・語り)、平野裕子(箏・十七弦)、善養寺惠介(尺八)、
 望月晴美(打楽器)、
*企画構成  
下野戸亜弓

*切り絵
横倉絹枝

* 前売りチケット
一般3000円、学生(中・高校生)2000円、
 小学生以下1000円


*主催・予約お問い合わせ
邦楽・夢コンサート実行委員会 027-252-5120(下野戸)/027-361-3233(田角)
http://www13.ocn.ne.jp/~ayumi.s
shimonoto-ayumi@jcom.home.ne.jp


名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(500)


「イーハトーヴ組曲」の初演
0 名前 : 中村節也 投稿日 : 2008年06月30日(月) 12時45分22秒
渡部 宏チェロ・リサイタル 「エローラのゴーシュ」
〜ティモシー・ボザース(ピアノ)とともに賢治の世界を垣間見る〜


やさしく親しみのもてる音楽会をめざして回を重ねて参りました「エローラ
のゴーシュ」が5回目を迎えることとなりました。ベートーヴェンの変奏曲や
宮沢賢治作品集による「イーハトーヴ組曲」(中村節也編曲)などを中心に、
時代を超えた作品を取り上げることにいたしました。渡部氏はおなじみの盛岡
出身の名手、ピアノはアメリカからベートーヴェンの演奏で著名なティモシー・
ボザース氏を迎えます。エローラ・ホールの暖かな響きの中に、賢治の幻想世界
にご案内いたします。なお「イーハトーヴ組曲」の全曲は初演です。


日時: 7月13日(日) 開場1:30 開演2:00
開場:  田園ホール・エローラ
    (埼玉県松伏町中央公民館)
料金: 全席 一般¥3.000 高校生まで¥2.000

主催: 松伏町教育委員会・東京ヴィヴァルディ合奏団
後援: 松伏町
   岩手県東京事務所
    宮沢賢治学会イーハトーブ・センター
光原社
  
 お問い合わせは・申し込みは 

TEL: 048-979-4820  http://www.vivaldi.jp
 
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(500)


セロ弾きのゴーシュ
0 名前 : ロン・ハドリー 投稿日 : 2010年01月15日(金) 12時37分19秒
宮沢賢治学会イーハトーブセンターの皆様へ


恐れ入れます。

自己紹介させて頂けれると宮沢賢治の作品の

愛好者であるロン・ハドリー(Ron Hadley)と

申します。

さて、2009年に「セロ弾きのゴーシュ」を

英訳し、所々の芝居化に適する変更も加えて、

そしてベースのための編集にして、

カナダの西海岸にあるバンクーバー島で

学校公演や公衆公演の形で朗読+ダンス+無言劇+

音楽によるショーを実現いたしました。そのプロジェクトが

大成功になって、所々の聴衆の皆様がこの宮沢賢治の立派な

作品の美しさを十分鑑賞できたと思います。



尚、その時の生演奏のビデオをYouTubeにアップロードして置きましたので、

是非、お楽しみ下さい。そして、お興味を持っていらっしゃると思われる

ご知人などにも推薦して頂ければ幸いですね。

その第一部(八部あり)のURLは:

http://www.youtube.com/watch?v=zI7zaTZ5oHc   でございます。

(YouTube や Facebook で ”Harmonic Hatchery" でも検索して頂ければすぐ出てきます。)



では、ごゆっくりご覧下さい。



よろしくお願い申し上げます。








Ron Hadley

P.O. Box 533

Qualicum Beach, B.C. V9K 1T1 Canada
       電子メール:  beboptanuki@yahoo.co.jp
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(500)


私の考える「雨ニモマケズ」について。
0 名前 : だめおやじ 投稿日 : 2005年06月07日(火) 09時18分45秒
私の考える「雨ニモマケズ」について。
朝日新聞5月22日の記事(シンポ「雨ニモマケズ」の心を探る)
を読んで。
「雨ニモマケズ」のメモ書きに宮沢賢治の友人斉藤宗次郎を重ねた
記事は大いに興味を持つ内容でしたが、一生懸命働いていた彼らを
誰もデクノボーとは呼ばなかっただろうし、死を目前にした賢治に
禁欲や蕩尽が何故必要なのか?
昔越後のある村に背が高く、村人が仕事に精出す昼日中、子供達
を寺の境内や辻道に集め手毬やおはじき、かくれんぼなどをして
遊び、日が暮れたら山に帰る乞食坊主がいました。
しかし雨の日には雨の中を、風の日には風の中を托鉢しながら病気
の人あれば行って慰め、貰ったものをやり、死にそうな人あれば行
ってお経を上げて回復を祈り、日照りの時はひび割れた田畑に涙を
流し、冷夏には育たぬ稲穂を見て畔道をオロオロアルキ、それでも
村人にはデクノボートヨバレ、ホメラレモセズ、クニモサレズ、罵
声に対してはイツモシズカニワラッテイル。
賢治が病床のまどろみの中で脳裏をよぎったものは、昔から人伝
てに聞いていたあの良寛さんのことで、次の世に生れたら自分と
同じ法華経の信者である良寛さんのように自由奔放に生きたいな
と言う『呟き』であり、サウイウモノニワタシワナリタイと手帳に
綴ったもので、詩として後世に残そうとは思っていなかったんじ
ゃないでしょうか。
 賢治が生きた時代、良寛さんはすでに有名人でしたが、それ以前
に夏目漱石や正岡子規が良寛書を高値で購入していた話は驚きです。
私はふとしたきっかけで良寛さんに関心を持ち早30年になりますが、
ある時もしかしてあの雨ニモ負ケズは良寛さんのことを言っている
のではないかと思い、改めてじっくり読み返してみました。
 驚いたことにあのメモ書きは良寛さんの人柄を誰よりも一番言い
当てている内容で、目から鱗とはこのことだと痛感しました。
はじめから終わりまで一行一行に良寛さんの生き様が的確に刻み込
まれていて、それを読んでいた私の手の震えが長い時間治らなかっ
たことを思い出しました。
 一日ニ玄米四合トとありますが、これは野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サ
ナ萱ブキノ小屋ニイテ・・・・新潟の国上山にある国上寺の無住庵
五合庵の事で代々そこに居た聖が一日五合の玄米をもらって生活し
ていた事から五合庵と命名されたようで、一人一日五合の玄米では
多すぎるとみた賢治は四合としたのではないでしょうか。 
このようにあのメモ書きと符合する点はいっぱいあるので賢治ファ
ンの皆さん是非良寛さんの研究をして見て下さい。きっと目から鱗
ですよ。
 他にメモ書きとぴったり符合する人物が居たらぜひ教えてください。
 あくまでもこだわりますあれはメモ書きで賢治の(呟き)です。
詩ではありません。
 欄外かもしれませんが道元から良寛へ良寛から相田みつをへ愛と
座禅の思想は継承されました。
 以上  だめおやじの 本邦初公開(後悔かも) でした。

3 名前 : てつ 投稿日 : 2005年06月14日(火) 21時39分46秒
考えさせられました。良寛さん。研究してみたいと思っております。

 朝日新聞5月22日の記事(シンポ「雨ニモマケズ」の心を探る)も読んでいませんが、私の「デクノボー」論は、『雨ニモマケズ手帳』にあるように、常不軽菩薩のように生きようとした賢治の生き方です。亡くなる10日前の昭和8年9月11日、賢治のかつての教え子であった柳原昌悦に宛てた手紙に初見する「慢」の語が手掛かりになります。自分の心髄まで「慢」が巣くっていたという事実に気づいた時、賢治は恐らく、絶望と狂気に襲われたと思います。自分を「修羅」と位置づけた傲慢(「慢」)、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という思い上がり(「慢」)を、猛省すればするほど、「空【くう】」(「無」)の位相を熱望したしたのではないでしょうか。しかし、「空」を熱望すればするほど、「空」から益々遠ざかり、心の底にあった「エゴ」がむき出して来るという事実―それを否定する形で書いたのが、「雨ニモマケズ」であったと思います。「デクノボー」は賢治が考えた「空」ではないでしょうか。
 宗派が違いますが、晩年の親鸞の「自然法爾」(じねんほうに)が、賢治の「デクノボー」と重なりところがあります(吉本隆明『最後の親鸞』参照)。恐らく良ェにも同じ位相があるのではないでしょうか。
4 名前 : だめおやじ 投稿日 : 2005年06月21日(火) 00時46分37秒
たつ 様 ありがとうございました。
是非良寛研究もしてみて下さい。 あの夏目漱石や北原白秋を唸らせ大勢の人々を魅了した
漢詩、書、和歌などの良寛芸術や、自然の中に天真を任せた生き方にきっと驚かれることでしょう。
雨ニモマケズを語るとき私は宗教観は抜きにして語りたいなーと常々思っているのですが、一般的
にはどうしても宗教抜きでは語れない風潮があるのは残念です。
手元に雨ニモマケズ手帳のレプリカがあります。雨ニモマケズの前ぺ^−ジにこんな作品がありました。
一部分を紹介します。 一塵をも点じ 許されては 父母の僕となりて その億千の 恩にも酬へ得ん
病苦必死のねがひ この外に なし 
 この句を読んでまさに俗人の賢治を見る思いがして、おやじの目にも涙でした。
さて、やはり法華経って魅力のある経典なんですね。その中でも特に人気の菩薩様で常不経菩薩品
第二十品が日蓮をはじめ著名宗教家の憧れの的になっていたのです。
ご多分に漏れず、良寛さまもそのお一人で、漢詩に法華転として残されています。
口を開けば法華を転じ、口を閉ずれば法華を転ず 如何(いかん)が法華の転
合唱して曰く 南無妙法華  後略 新潮社発行 良寛さん より


 
5 名前 : だめおやじ 投稿日 : 2005年06月21日(火) 00時50分50秒
失礼しました。てつ様でした。お詫びと訂正です。
6 名前 : けんいち 投稿日 : 2005年06月23日(木) 16時56分35秒
雨ニモマケズのシンポジュームを聴講し、また「だめおやじ」さんの
コメントを読ませていただいた者です。
シンポジュームでは賢治の日蓮信仰についての論及はなく「だめおやじ」
さんも宗教観をぬきに出来ない風潮は残念とおっしゃっています。
ところで良寛さんの生活態度は宗教観ぬきには語れないのではと思いま
すし、雨ニモ・・・の後に続く略式本尊マンダラも無視出来ないのでは
ないでしょうか?
なぜならば雨ニモマケズ手帳の中に何箇所かマンダラめいたものが記入
されていますが、日蓮の遺した本尊マンダラは唯一雨ニモ・・・の後に
続くものだけで、他のは賢治の創作で、法華経寿量品を体現する日蓮の
本尊とは考えられません。(比較してご覧になると一目瞭然です)
どうも雨ニモマケズは前置きで、マンダラが賢治にとっては重要だった
のではないかと思えてならないのです。
気をもたせて申し訳ないのですが、何時か明快にその理由を説明したい
と思います、ちなみに私はとりたてて信仰者ではありません。
7 名前 : だめおやじ 投稿日 : 2005年06月25日(土) 22時39分24秒
けんいち 様 コメント有難うございました。
私は無信仰者ですが、経典には少なからず、興味を
持っています。とくに法華経や観音経に引かれますが、
それはさておき、あの手帳の曼荼羅は賢治さんがいかに日蓮証人に
帰依していたかを書き表したものですね。
だから証人の志を引継ぎ「賢治はさながら実験劇場のように短い人
生の間に法華経を思い、春と修羅や注文の多い料理店などを書いた
のです。」法華経入門・大法輪閣刊より
そして北上地方にイーハトーボ王国の建設を夢見たのでしょうか。
一方賢治とは対照的に「良寛は黙して語らずの人であった。どんな
毀誉褒貶(きよほうへん)を受けても、それについて何ら言い訳が
ましいことは言わず、いつも淡々としていた。」(栗田勇 著 良寛
入門より。
私には黙して語らずの良寛さんと不経菩薩行を実践している姿が
雨ニモ負ケズの句節に重なって見えて来るのですが。
良寛さんの生活態度は確かに宗教観ぬきには語れないのですが、
良寛が残した夥しい詩歌のうち数点しか宗教について書いていない
のです。栗田勇さんの著述より
もし雨ニモ負ケズが最初から日蓮の思想を書き込んだものである
として世に出したらこれほどの話題作にはならなかっただろうし、
宗教観抜きだからこそ多くの人々に受け入れられたのではないでし
ょうか。?
日蓮曼荼羅については武田信玄の風林火山と同じで日蓮が布教の為
に作った旗印程度にしか想像出来ないダメなおやじです。
9 名前 : けんいち 投稿日 : 2005年07月02日(土) 08時02分47秒
だめおやじ様コメント有難うございました。
するどいご指摘ですね!
宗教は、多分特に仏教は、法律のように人を指導するものでなく、人が
生まれつき身の奥底に知らずにしまい込んでいる何か嬉しいものを呼び
起こすものなのでしょう。
良寛さんの生活態度にひかれ、雨ニモ・・・にひかれるのも仏典でなく
て、私達の奥底の何かに呼びかけるものがあるからでしょうか。
法華経は七つの比喩で表現され、私達がしまい込んで気ずかぬ素敵な何
かを呼び起こすように仕掛けているとの事です。
賢治作品に面白さは感じるけれど、埋まっているに違いない素晴らしい
爆弾の信管にはまだ手が届いていません。
見当違いのガラクタを掘っているのは、残念ながら自分が意地悪じじい
の証拠かもしれませんね?



10 名前 : だめおやじ 投稿日 : 2005年07月05日(火) 23時32分18秒
けんいち様。
何かが嬉しいものを呼び起こすもの…と言う
けんいち様の表現、誠に同感です。
賢治のように「材料の多い童詩人」に関しては、
かなり専門的知識がないと読解できないものが
あるようですね.
1996年2月号科学朝日誌に「生誕100年イーハトーブ
科学の彼方に」という特集記事が掲載されていました。
天文学、児童文学、地質学の3専門の学者による作品の
専門的解析が紹介されていました。
その中でヨダカの三兄弟についての記述に当時としては
最先端の科学的知識を持ってカワセミやハチドリを弟に
したことが書いてありました。
けんいち様がガラクタを掘っているとご謙遜されていま
したが、爆弾の信管に手が届く人は専門的な知識を学ん
だ者だけのご褒美ではないでしょうか。
良寛書にしても万葉集や秋萩貼、寒山や道元などを理解
しないとなかなか真意が伝わってこないようです。

11 名前 : ラリックス 投稿日 : 2005年07月10日(日) 14時25分54秒
皆様、こんにちは。宜しくお願い致します。
非常に興味深い記事、有難うございます。私も皆様同様
『道を極めようとする人』に大変興味を持っております。
特にこちらは専門的な記事が多いので『賢治』を調べる際
非常に役立ち、こちらに書き込みされる方々を尊敬しております。
賢治を語る際、宗教に思いを馳せて生きた賢治に対して宗教を抜きに
というのは、難しいかも知れません。ただ、確かにこちらのサイトの
関係上、飽くまで調べるべきは、『人間賢治』あって、宗教を核と
すべきではないでしょうね。
それは、良寛さん、道元についても言えるのかも知れません。
賢治が愛して止まなかった『妙法蓮華経』につきましては、
当時の情報内では、確かに賢治の情熱を持ってしてもそこに
行き当るのかも知れませんが、現代賢治がいきていたなら、
原典である阿含経のサンスクリット語翻訳、若しくは
全経典解釈までするに違いないと思うのです。
『雨ニモマケズ』を含め賢治作品の解釈につきましては、
著名な方々が研究されておりますが、『銀河鉄道の夜』なども
然り、必ず専門的な根拠がありますね。
私は、その根拠(爆弾の信管)の一部に触れ、驚き、歓喜するのが
ひとつの愉しみになっております。
逆に申しますと、『私の思う賢治論』は、飽くまで私的なものであって
山ほど積み上げられてはいても、公表には至らないと自負しております。
その位、賢治を知ることは難しく、難しいからこそ面白いのでしょうね。
結局、自分の思いを述べてしまい、甚だ、恐縮に存じます。
12 名前 : だめおやじ 投稿日 : 2005年07月25日(月) 01時19分28秒
皆さまこんばんは。 だめオヤジです。
ラリックス様 コメント有難うございました。
私もこのスレに参加させていただいて改めて賢治を
真剣に研究されている人たちの多さを知ると同時にコメント
を寄せて頂く度に、知識の豊富さ、思慮の深さに感心しな
がら、大変な所へ足を踏み入れてしまったものだなと反省
しながら、楽しく拝読させていただいております。
私如き者の浅学の意見に皆様からコメントを頂けることを
心よりお礼申し上げます。
 私たちが日頃賢治作品に対して思い描いていることを
例え公表とまでは行かない事でもこうして掲示板上で意見
交換できることの意義を大切にしたいと思います。
さて、これまでは賢治と良寛の法華経に関する意見を頂き
ましたが,両人にとって最大のテーマは子どもについての考え
方、接し方ではないでしょうか。
 賢治は詩を通して子供達に語りかけ、良寛はあの通り
朝と言わず昼と言わず子供達と遊びほっけて居たわけです
からね。
「雨ニモ」の中に子供についての部分が何故書かれていな
いのか、僅かに東に病気の子供あればと言うくだりがある
だけなんですよね。
 賢治生誕100年の年にテレビの特集番組の中で賢治に
教わったというおばあさんがいっていたことですが、大勢の
子供を集めて一晩中野山を歩き回って、翌日心配した
親たちに賢治先生こっぴどく叱られたそうです。
私としてはこじつけになりますが、賢治も子供に関しては
良寛と同じようなことをしていた訳で改めて雨ニモに書く
必要は無かったのではないかと考えますが皆様方は如何
にお考えでしょうか。
当掲示板を運営されているスタッフの皆さんこころより
お礼申し上げます。ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします だめおやじ
13 名前 : だめおやじ 投稿日 : 2005年07月31日(日) 15時57分38秒
兼ねてより宮沢賢治と良寛の接点は無いものかと調べていた所
栗田勇氏の著書の中に、詩人、草野心平の名が出てきました。
この人は言わずと知れた賢治作品売り出しの総合プロデューサー
のような人です。
栗田氏が白井成一〔建築家〕草野心平らと鼎談したとき、話しは、
良寛書評に移り白井氏は良寛風の書は臭みがあって嫌いだと言い、
心平さんは中国臭いのは嫌だと言ったそうですが、おもしろい
ことに心平さんは中国の大学で青春を過ごしているし、白井さん
は、京の禅寺で幼い日を過ごしている。ともに自分の身についた
ものを否定して行き違ったとのではと書いてあります。
又、ある時栗田氏が心平さんの展覧会を見に行った折「千字文」
の冒頭の句、「天地玄黄」という書のとなりに「天上大風」の四
文字があった。心平さんは、天と富士山を唱う詩人だ。
その人の天上大風は、まさに、心平さんの詩そのもののように
見えた。ところが実は、この言葉は良寛のものである。それを
心平さんが書いていた。(良寛入門より)
心平さんが良寛を知っていたと言う事はおそらく、賢治とも
法華経の話しが出れば良寛の話しもしたのではないでしょうか。
賢治は良寛和尚を知っていた? と想像しているわたくしです。
最近某掲示板にイーハトーブ館の掲示板で「雨ニモ」のモデル
は良寛和尚ではないかと言い出す人もいるが、そうなると不毛
になる。と苦言が書いてありましたが、不毛大歓迎です。
私のように有るか無いか分からないものをうろうろ探し歩いて
いる人はかなり多いのではないかと思いますで是非ご意見をお
寄せいただければ幸いです。
沢山の謎解きを残してくれた宮沢賢治に感謝です。


名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(488)


イサド について
0 名前 : かわせみ 投稿日 : 2005年09月28日(水) 16時11分24秒
はじめまして、こんにちは。

「やまなし」のお話の中の12月で、
”また、お父さんのかにが出てきました。
「もうねろねろ。おそいぞ。あしたイサドへ連れていかんぞ」”
という場面があります。賢治は、イーハトーブ(岩手県)、
ハナムーキャ(花巻)等架空の地名を作っていますが、


この話の中の イサド もどこかの地を指している名前
なのでしょうか。それから、クラムボンとはプランクトンが
正解である。と子供が国語の授業で先生がはっきりと答えを
出された、と言いました。クランボンとは何か?をはっきり
聞いたのは恥ずかしながら私は初めてでした。
本当なのでしょうか。どうか、この2点を教えてください。
1 名前 : ラリックス 投稿日 : 2005年09月29日(木) 00時28分00秒
かわせみ様、初めまして。宜しくお願いいたします。
イサドが風の又三郎等では伊佐戸となっているので、そちらから6年生の学習としてのサイトを検索しましたので、ご参考までにご覧ください。
クランボンは、小学校では、どのようなものか子供に想像させるところから始まるようですが、先生によっては、ミズスマシやアメンボやプランクトンのようなものと教えているようですが、明言はしていないように思います。
小学生がこういう勉強をしているんだなというのが、興味深いですね。

http://www32.ocn.ne.jp/~gaido/yamanasi/
2 名前 : かわせみ 投稿日 : 2005年10月11日(火) 14時56分55秒
ラリックス様、はじめまして。

丁寧なご返答いただき大変に嬉しいです。ありがとうございます。

いさど → 伊佐戸 になっていたのですね。つい先日、改めて図書館で風の又三郎をチェックしていたのですが、
漢字とは思わなかったため見逃していました。今一度、確かめてみたいです。

>小学生がこういう勉強をしているんだなというのが、興味深いですね。

本当にそうですね。

URLも非常に興味深いのですが、今、私のPCが不調のためどうしても繋がりませんので、改めて後ほど開かせていただきます。

ありがとうございました。
3 名前 : ラリックス 投稿日 : 2005年10月12日(水) 01時14分35秒
かわせみ様、開けないということでしたので、とりあえず「イサド」についての記事を掲載いたします。
「クラムボン」「かぷかぷ」なども同じようにそれぞれコメントがつけられております。
小学生の時点でこれだけの情報が入るのですから、よい時代になったのでしょうね。

明日「イサド」では何があるのでしょう。この時期何か楽しいことがあるとしたらどんなことなのでしょう。
 同じ作者の「種山ケ原」と「風の又三郎」の二つの童話に「伊佐戸」という地名が出てきますが、これは岩手県の北上川の支流、人首(ひとかべ)川の下流に位置する「岩谷堂(いわやど)」(今の江刺市の中心部)から思いついて作った地名だろうと言われています。また同じく支流の伊手川のほとりの「伊手」の「伊」に「里」を付けたものだろうという意見もあります(この地方には「・・里」という地名が多く、方言では「・・さど」と発音します)。いずれにしろ、そうすると蟹の親子はその町のお祭り(この時期の祭りは豊かな実りに感謝する祭りです)か何かを見に行く約束をしていたのでしょうね。
 でも、蟹の親子は遠くの町の方まではるばる歩いてそれから川を出てのこのこ行くのでしょうか・・・ どうもそうではなくて、川の中に何か私たちの知らない楽しい場所があるのかもしれませんよ。
4 名前 : カンパネルラ 投稿日 : 2005年10月12日(水) 09時24分22秒
クラムボンについては、プランクトンと決めずに、そのままクラムボン
でいいのではないかと。先生の思いちがいということもあるだろうし。
5 名前 : 灼・渺ニ 投稿日 : 2005年10月12日(水) 09時31分24秒
初めまして。カンパネルラの友達みたいな存在のジョバンニデス♪適当にカンパネルラの言うことは無視してください^。’と本人がいってましたのでどうぞよろしく^。^
6 名前 : いさど 投稿日 : 2005年12月01日(木) 18時50分08秒
はじめまして、私小6でやまなしを最近勉強したのですが、どうして宮沢
賢治は一部しかでてこないやまなしを題名にしたのでしょうか?
7 名前 : ラリックス 投稿日 : 2005年12月03日(土) 13時03分31秒
カンパネルラさん、灼・渺ニさん、いさどさん初めまして。
1>で小学生の立場からの学習のサイトを掲載しておりましたが、
先生の立場からの学習要領を掲載いたします。
先生がどのように学習を進め、児童に何を感じ取ってもらいたいか
が分かるかと思います。(PDFです。)

カンパネルラさんがおっしゃるように、ひとつの結論を出すことよりも、
ひとりひとりの感受性を大切にすることの方が重要だと思います。

http://www.sendai-c.ed.jp/part2/shou/42-47.pdf
8 名前 : ボランチ 投稿日 : 2006年06月11日(日) 13時03分52秒
 アイヌ語との関係を論じてるサイトを見つけました。
 その結び付けに無理があるような感じもしますが、参考までに。
 http://www.geocities.jp/holmyow/yamanashi
9 名前 : パケモン 投稿日 : 2007年01月30日(火) 11時21分34秒
イサドのサイトおしえて
10 名前 : かもしか 投稿日 : 2007年08月03日(金) 20時41分03秒
かもしかのことをクランボ、クラシシと呼ぶことがあるようですが?
名前 E-Mail
[全ログ表示] レス打ち止めまで後(490)



イーハトーブセンター掲示板


戻る

Black Goat BBS2 Ver2.05