| 私が先生になったとき |
0 名前 : らら 投稿日 : 2010年03月25日(木) 23時38分15秒
はじめまして。 「私が先生になったとき」っていう詩が宮沢賢治のものだと信じている方がいらっしゃいます。 それって、どうなんだろうと思います。 詩の内容はなるほど、と思えるのですが、作風は賢治のものとは似てもにつかないものだというのが一般の評価らしいです。 でも、一部では賢治作だと信じておられる方がある・・・。
こちらの会で、あれは別人の作品なのだという発表をすることはないのでしょうか。 また、賢治作だと信じておられる方には、信じておかれるままにしておくのでよいのでしょうか。 |
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1 名前 : らら 投稿日 : 2010年03月26日(金) 04時52分50秒
ちなみに、どういう詩かというと、こういう詩です。 ご存じの方も多いと思いますが。
私が先生になったとき
私が先生になったとき 自分が真実から目をそむけて 子どもたちに本当のことが語れるのか 私が先生になったとき 自分が未来から目をそむけて 子どもたちに明日のことが語れるのか 私が先生になったとき 自分が理想を持たないで 子どもたちにいったいどんな夢が語れるのか 私が先生になったとき 自分に誇りを持たないで 子どもたちに胸を張れと言えるのか 私が先生になったとき 自分がスクラムの外にいて 子どもたちに仲良くしろと言えるのか 私が先生になったとき ひとり手を汚さず自分の腕を組んで 子どもたちにガンバレ、ガンバレと言えるのか 私が先生になったとき 自分の闘いから目をそむけて 子どもたちに勇気を出せと言えるのか
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2 名前 : why@管理人 投稿日 : 2010年03月26日(金) 20時26分21秒
これは有名なニセモノです。 教育関係というか教員組合の方で流布しているようです。 このサイトにも関連した情報があります。 http://www.kenji.gr.jp/library/qanda/qa4.html#qa4-4
こういう低級なものが宮沢賢治作と思われることは、 賢治のファンとしては耐えがたいです。
最近は作者不詳と紹介されることが多いようですが、 紹介に値するものなのでしょうかね。
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3 名前 : らら 投稿日 : 2010年03月26日(金) 20時47分07秒
管理人様
ありがとうございます。 やっぱ、偽物ですよね。 全然違うし。 以前にもやはり話題になったことがあるんですね。
内容的に、教員受けするものだと思います。
「賢治」と書いてなければ全然気にならないのですが。 何かほんと、二次被害が出ないようにできればいいと思うんですが。
紹介してくださった毎日新聞の記事とやらを探してみたいと思います。 ありがとうございました。 |