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宮沢賢治学会・セミナー報告集 |
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『小岩井農場』の雨の美しさ
この戦後五十年、文明が与える汚れが行き渡っているんではないかという思いを強くしてきております。そういう僕らの中にしみ込んでいる汚物を洗い落とすにはどうしなければならないか。そんなことから、森林浴をしたいという気持ちが僕らの中に強いのではないでしょうか。 しかし、森林浴ごときで、僕らの汚物は洗い落とされるでしょうか。もっと大切なことをしなくてはいけない。それが宇宙浴のようなものだと僕は信じます。そして、その宇宙浴をさせてくれるのが、宮沢賢治の文学であり、そのありがたさに名前をつけると、それは「美しさ」ですから、作品「小岩井農場」に出てくる雨の美しさというのは、宇宙浴の嬉しさであるということを、最初に申し上げておきたいと思います。 僕はいつでも「小岩井農場」を、まずパート一から読みます。例えば一行、二行「わたくしはずゐぶんすばやく汽車からおりた/そのために雲がぎらつとひかつたくらゐだ」、こういう出だしの作品というのは、昭和二十年ぐらいまでには、まずなかったと思います。ここは何回読んでも僕の好きなところなんです。 パート一が何気なく終わると、パート二が何気なく始まります。パート二の最初は、「たむぼりんも遠くのそらで鳴つてるし/雨はけふはだいぢやうぶふらない」、そう書いてあります。この天気にたいする敏感さは、岩手県という自然の沢山ある場所に住んでいる人に独特のことだと改めて思います。 パート三に行きますと、これは一種の展開部ですね。 そしてパート四なんですけれども、ここから世界がいきなりおかしくなってくるんですね。突然冬が出てきて、水滑りをやっていた子h供たちに呼びかけたくなっているんです。これは僕だけの読み方だと思いますが、「あの冬」という過ぎ去った冬は、妹・とし子が十一月に死んだ、あの日と違わない、その前後の冬であるのでは無いかと思ってしまいます。 この「小山石井農場」という長い作品の中心のテーマは、「いまこそおれはさびしくない/たつたひとりで生きて行く」というところにあるのではないか。それに対する自己批判がかならず側にくっついていて、それが「こんなきままなたましひと/たれがいつしょに行けようか」という言葉によって、現れてまいります。そしてすぐこの後に、「すきとほるものが一列わたくしのあとからくる」という事件がおこるのです。 「どのこどもかが笛を吹いてゐる/それはわたくしにきこえない/けれどもたしかにふいてゐる」、これも宮沢賢治独特のところですね。きこえている、きこえていない、その二つが同時に真実として受け止め得る、そういう世界ですね。 パート九 「あのから松の列のとこから横へ外れた/《幻想が向ふから迫つてくるときは/もうにんげんの壊れるときだ》」、ここまで読んで分かることは、私という人間が壊れかかっていて、なんとかそれを避けるため、さまざまな癒しの方法を求めているように、僕にはみえます。 後半に 「明るい雨がこんなにたのしくそそぐのに」 とあります。最初は雨が降っていなかったところから始まったこの長い詩が、やがて雨がふっているところへいたり、最後に楽しく降り注ぐと変わっています。この雨に託している宮沢賢始の心というのは、宇宙浴ではないかというのが、僕のいいたいことのひとつなのです。 オクタピア・パースという、数年前にノーベル賞を受賞した詩人がいまして、「詩とは国の記憶である」、ここでの国とは、カントリーであって、ステイトではないんですが、そう述べております。宮沢賢治の作品世界は正しくそういった意味での一国の記憶です。国は、故郷と言いなおしたほうが、もっといいのかもしれません。それも単に、岩手山県とか東北とかの故郷ではなくて、地球と結びついた、地球と一体化した、あるいは宇宙と一体化した故郷の記憶、それを創るのが宮沢賢治の世界であるというふうに思います。 (文責は事務局にあります)
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