宮沢賢治学会・セミナー報告集

1999年夏季特設セミナー

 
1999年夏季特設セミナー
1999年8月21・22日
宮沢賢治イーハトーブ館

 長期企画・夏季特設セミナー「宮沢賢治「文語詩」の謎にせまる」の第3回目が、昨年8月21日、22日の二日間、宮沢賢治イーハトーブ館を会場に、延べ122名の参加により開催されました。

 初日はまずコーディネーターの本学会顧問・入沢康夫さんより、第1回・2回の追加全般資料となる「文語話題名変遷一覧」「文語詩先駆作品リスト」「文語詩化された口語詩一覧」が配付され、説明がありました。また、賢治文語詩についての 「ゲーム問題」が翌日までを締切に出され、全問正解者3名に入沢康夫詩集(サイン入り)が呈上されました。

 続いて講演の一人目として、安藤恭子さん(大妻女子大学短大部専任講師)に「<視点>という問題」というタイトルにて、物語論の方法として「水仙月の四日」における物語世界外の「語り手」の視点の分析を通して、「文語詩」の具体的様相について述べていただきました。次に二人目の講師・伊藤眞一郎さん(安田女子大学教授)には、「「文語詩稿」の笑い」と題して、文語詩「〔秘事念仏の大師匠〕〔一〕」の分析を通し「笑い」について論じていただきました。

 二日目は「文語詩 私の一篇」として、岡澤敏男さんに「塔中秘事」、外山正さんに「化物丁場」、板谷栄城さんはヴァイオリン演奏を交えながら 「車中 〔一〕」 ほか、最後に「無題」の原子朗さんには、「文語」と「口語」の時代的変遷等フリートークしていただきました。

 さて、連続企画のこのセミナーも、本年は夏に宮沢賢治国際フェスティバル」が開催されることから、一回休みとなり2001年に最終回の開催となりますので、皆様のご了解のほどよろしくお願いいたします。

(事務局)


宮沢賢治学会地方セミナーinぐんま

 
宮沢賢治学会地方セミナーinぐんま 宮沢賢治と星たち
ぐんま賢治の会 狩野 聡
1999年10月16日

 空気の澄み渡った秋の一日に、「宮沢賢治と星」をテーマにした地方セミナーが群馬県にて開催された。群馬県人口が200万人を越えた記念事業として建設された国内最大級の「ぐんま天文台」と、隣接する 「群馬県北毛(ほくもう)自然の家」の周辺は、秋の野の花が咲き乱れる季節である。県都前橋の北方、赤城山の西方にあたり、その恵まれた自然環境は岩手の種山ケ原を彷彿とさせるものがある。この地に関東近県の会員を中心に、北は青森県、西は兵庫県までの200余名が集うことができた。

 開会行事では、小寺弘之県知事の、宇宙と人間、宮沢賢治に寄せる思いのメッセージが紹介され、また基調提案では、斎藤文一実行委員長が、文学と科学、賢治と星などの様々な「出会い」のすばらしさを提唱し、セミナーに集う喜びを分かち合うことができた。

 開会に先立ち、昼の天文台見学を済ませてきた参加者たちは、日常では縁遠い天文台の150cmの反射望遠鏡の大きさに驚き、ストーンサークルや日時計モニュメントに感心し、やや興奮気味でもあった。

 講演1「『銀河鉄道の夜』はどのようにして成立してきたか」 天澤退二郎氏

 『宮沢賢治の彼方へ』 や『《宮沢賢治》注』など、賢治のテクスト研究の第一人者である天沢氏は、「銀河ステーション」というタイトルを手がかりにして、『銀河鉄道の夜』の成立について話された。

 「天気輪の柱」があるところが「銀河ステーション」であり、そこからジョバンニは銀河鉄道に乗る。終末にはまた「天気輪の柱」の丘に戻る。そのループ状に回帰する話であるところを「ステーション オブ ザ クロス」をヒントにキリストの受難とスペインのガルシア地方の巡礼を紹介しながら、巡礼の道になぞることができるとした。その上で、集まって一つの道になる巡礼の道とは反対に、『銀河鉄道の夜』 では、あるところから出発し、それぞれが分かれていく形になつているところを指摘。これが銀河鉄道の旅の特徴であるとした。

 講演2 「賢治星と小惑星」古在 由秀氏

国立天文台初代台長をも務めた古在氏は「ぐんま天文台」建設とともに台長に就任され、研究とともに県民に開かれた天文台という建設趣旨の実践をされている方である。用意されたスライドや写真も分かりやすく、銀河系や小惑星などの難しい天文学の詰も、身近に感じられるものであった。

 特に、賢治が生きた時代で星の観察をするということは、天文学に対する大変先進的な取り組みであったこと、また、賢治の豊富で正確な天文学の知識は賞賛に値するなど、天文学からみた宮沢賢治の位置づけなどが話され、興味深く話を聴くことができた。

 また、「宮沢賢治星」は17等星という肉眼では確認できない星であるが、その命名のエピソードなどが紹介され、さらには「宮沢賢治星」の写真色コピーが天文台からのプレゼントとして参加者全員に配られた。なによりのお土産であった。

 ぐんま天文台《天文観望会》

 「星めぐりの歌」などを歌って親睦を深めた交流会の後、曇りがかった空を見上げながら天文台の観望会へ向かった。天気ばかりは仕方ないと諦めつつも150cm反射望遠鏡を稼働させると、さっと雲が切れて恒星が見え、思わず皆で歓声をあげたという一幕もあった。その興奮は宿舎に戻った後も続き、遅くまで語り合った部屋もあったようである。

 今回の地方セミナーは、「ぐんま賢治の会」が母体となって実行委員会を組織し、たくさんの方々の協力を得て成功裏に終了することができました。文末でありますが、イーハトーブセンターや県教育委員会・ぐんま天文台、そして群馬の星の観察会として観望指導に当たった「TAWNS]の方々に深く感謝の意を示し、報告といたします。


冬季セミナー報告

 
シンポジウム「《宮沢賢治》と子どもたちの現在」
望月善次
1999年12月4日
宮沢賢治イーハトーブ館

 冬季セミナーのシンポジウムは、「《宮沢賢治》と子どもたちの現在」と題して行われた。

 以下、コーディネーターの立場から、このシンポジウムが目指したものについて、経過を踏まえつつ、簡単な報告を行うものとする。

登壇者

 登壇者は、企画委員会の意向を踏まえて、次の四人の方にお願いした。(敬称略で、所属共々、五十音順に示せば、次のようになる。) 安藤雅博(花巻市立花巻中学校教諭)、斎藤孝(明治大学助教授)、牧恵子(愛知教育大学非常勤講師)、菊池恵津子(花巻市立矢沢小学校PTA)、望月善次(コーディネーター/岩手大学教育学部長・教授)

 安藤さんには、主として、花巻中学校を中心としながら、花巻市における、最近の子ども達の実態と学校における宮沢賢治実践について提案して戴いた。

 菊池さんは、花巻市立桜台小学校の先生でもあるのだが、同時に、小学校5年、中学校2年、高校1年生の3人のお子さんをお育て中の母親である。当日は、そうした母親の立場からの提案を戴いた。

 斎藤さんは、本学会の「奨励賞」を受賞された 『宮沢賢治という身体−生のスタイル論へ』で、知られているが、近年『「ムカツク」構造』や『子どもたちはなぜキレるのか』を初めとした著書やそれを踏まえた実践が注目されている。そうした研究・実践を元にしての提案をお願いした。

 牧さんは、アニュアルヘの国語教育関係の資料提供をしている「銀河の会」の命名者であるが、国語教育研究者であると共に、1993年〜96年の3年間をウィーンで暮らし、お二人の娘さんをウィーンの地元の学校等でお育てになられた体験をも持っている。そうした体験を踏まえた提案をお願いした。

シンポジウムの柱

 シンポジウムは、(休憩も入れて)全部で九つのステージによった。以下、その概要を予定時間と共に示すことにする。

  • 14:00〜14:05 冒頭挨拶(シンポジウム 趣旨・進行予定説明)(望月)
  • 14:05〜14:20 自己紹介(宮沢賢治との関わりに触れながら」)
  • 14:20〜14:50 子どもたちの現在〜私の目から見た現在の子どもたち

    〔安藤(中学枚数師から)→牧(ウィーンの子どもとの対比にも触れながら)→菊池(親の立場から) →斎藤(研究者の立場から)〕

  • 14:50〜15:05 学枚数育における賢治実践の現状

     〔牧(国語教育における賢治実践)→安藤(花巻市における賢治実践)〕

  • 15:05〜15:25 子どもたちの現在に宮沢賢治が示唆するもの
  • 15:25〜15:40 休憩
  • 15:40〜16:40 フロアーとのやりとり
  • 16:40〜16:55 登壇者最終発言
  • 16:55〜17:00 コーディネーターまとめ

 一見して、各ステージが細かく分かれていることが、分かるだろう。「シンポジウムは、ミニ講演会ではない。登壇者同士、登壇者とフロアーとのやり取りである。細かいステージの積み重ねにより、登壇者もフロアーも、そのことを自然と体得するのである。」という筆者年来の主張によったものである。

望月最終まとめ

 許された誌面の関係もある。(一部、当日のフロアー発言も組み入れながら)コーディネーターとしての「最終まとめ」の骨格を示して結びに代えたいと思う。 

〔前提〕
今回のテーマの困難性。現状は、これに村しての回答を提示するというより、各人がこのテーマに正対して、それぞれの考えを語り合い、それを素材として問題点を深め合うというしかないという状況である。
 
日本の社会・学校の現状に対する解釈
日本は滅びに向かっている。 「いじめ・不登校・学級崩壊」は、そうした学校的現れであり、この現象から無縁であることは全ての人に許さない状況である。こうした状況に村して、何もしなければ、滅びしかないというのが、現代日本の状況である。しかも、日本は、21世紀においては、過去の人類が未体験の「超高齢化社会」を迎えることになり、その実質的部分の多くを、今の学校にいる若い世代に委ねる他に選択肢がないのである。
 
登壇者の意見と交流
多様な意見の提出。しかし、登壇者の意見の傾向は、肯定的・理想的賢治観に傾斜し、それに対しては、フロアーから天沢退二郎さんの賢治研究史を踏まえた疑問が提出された。また、その天沢説に対する菊池恵津子さんの、「入門レベルの宮沢賢治享受の基本」に関する意見の陳述もあった。
 
斎藤孝論の意味
具体的な対処論を提出しかねている、現在の多くの教育論において、対処の具体にまで及んでいることが先進的な意味を有している。  国語教育における宮沢賢治享受の課題…(イメージ創造者的)文学者、宗教者、科学者、教育者等賢治の持つ多様な側面のバランスの取り方が賢治の生涯をどう解釈するかと並んで、今後の課題となろう。


 
講演(要旨)「宮沢賢治と現代の子供」
福島 章
1999年12月5日
宮沢賢治イーハトーブ館

 宮沢賢治について、精神医学の立場から絵などをご覧いただきながら少しお話をして、それから子供の問題を話して、その後両者の関わりについて問題提起してまいりたいと思います。

 (スライドにて宮沢賢治の絵をみながら)このように動物が人間と同じ様な喜びとか感動を表現するというのは、宮沢賢治独特の見方であります。「月夜のでんしんばしら」の絵からは、電信柱も生命体であり、人間と同じ様な言語をもっているという、アニミズムの感覚をみることができます。

 また、宮沢賢治の短歌などには、身体幻覚という、脳の中、頭の中がまざまざと見えてしまうという特異な感覚による表現があります。

 続いて共感覚。これは例えば音を聴くと色彩を感じたり、聴覚が視覚として現れるなど、五感が相互に通い合うという現象です。このような共感覚は、子供や原始人、そして芸術家に多いといわれています。宮沢賢治も音楽を聴くと情景が見えまして、例えば、ベートーベンの「皇帝」を聴くと、何か悪鬼が槍か何かを持って躍りだしてくるなどといっています。普通の人は、聴覚、視覚と感覚が独立していますが、天才は感覚様態の通底といい、重なり合う部分が、共感覚として現れてきます。その共感覚の基底にあるのが感覚の鋭さです。宮沢賢治の場合には、我々に比べると感覚が鮮やかな、みずみずしいものだったと思います。

 また、宮沢賢治には幻聴もありました。これも、感覚の強度が普通の人よりも高いというところからきております。同じく離人症というのは、現実感が喪失して、自分の体がだんだん消えていくように感じてしまうことをいいます。

 それから、例えば人と鳥が同じにみえるという相貌知覚も、賢治の作品に見え隠れしております。

 次に、私が宮沢賢治の本で重視したのは、躁と鬱で、気分の変化が生涯を通して見られたということです。宮沢賢治の年譜を見ると、中学生、高等農林、花巻農学校、羅須地人協会、東北砕石工場技師と、身分が変わっていくところに必ず気分の変化を示す病相期がみえます。この気分変化の時期には、外的な身分も変わりましたが、創造生活の中身も変わっていくわけです。例えば宗教的なものも、発展、生成、あるいは円熟というように変わっていくのですが、そこに気分の変化というものが大きな役割を占めているわけです。

 また、宮沢賢治の字体を見ると、てんかん圏、躁鬱圏、分裂気質圏という多彩な特徴があります。

 彼は、これまでお話したように、さまざまな不思議な感覚をもっています。普通の人は体験しない、せいぜい鋭敏な感覚というものしか体験しないところを、天才といわれる人は様々な体験をするわけです。宮沢賢治という人は精神医学的には、どう診断していいかわからない。つまり、精神医学より宮沢賢治の方が器が大きいわけで、やはりそれが天才たる所以だと私は思うわけです。

 人間というのは、赤ちゃんとして生まれた時には、多分、こういう大きな色々な体験を持っているんだと思うのですが、それが段々と言葉を覚え、社会的なルールを覚え、規範を覚えていくと、それらがやがて狭い領域にとじこめられてしまう。しかし、天才といわれる様な人達は、特に賢治は、そういうものを切り捨てないで生きてきた。

 そんなことをいうと、宮沢賢治は異常かというはなしになってしまうんですが、そうではない。「平均を逸脱している」という意味です。平均が良くて、逸脱しているのが悪いというわけではないのです。正常・異常・普通・逸脱というような槻念は、平均基準というふうにいいまして、統計的な基準であって、価値基準ではない。

 ここで、賢治の話から、子供の話に移りますが、実は私は、子供のパーソナリティが、ここ数十年で、どんどん変わっているのではないかと考えまして、児童のパーソナリティの変化というものを、ある首都圏の、公立中学校で定点観測してまいりました。その結果、簡単にいうと、子供の攻撃性が低下して、優しくなつた。一方、ただ社会性が低下して、非常に自己愛的になって、傷つきやすくなった。内閉的になつて、対人関係よりも、むしろ疑似現実との関係が多くなったと見ております。しかし、創造性の方は、非常にイメージ的で、空想的になりました。また一方で、一定の割合、数パーセントという割合で、貧しい自閉といって、現実性が低下してきました。それから、衝動性が亢進して、なにかあるとすぐキレルという傾向が目立つということが、心理テストを通じてわかってまいりました。

 最近、「学級崩壊」というのが問題になりました。この学級崩壊というのは、クラス全員が一挙に放棄して反乱をおこすわけでなく、クラスの中に一人か二人、おちつきがなくて、注意散漫で、じつとしていられない子というのがあるわけです。こういう子供を精神学では「注意欠陥多動障害」と命名しております。

(ここから子供の脳の問題について、スライドをつかってのお話がありましたが、詳しくは、福島章さんの最新刊『子どもの脳が危ない』(PHP新書)をご紹介して省略させていただきます。事務局)

 最後にこれからの子供と大人との関係について考えます。外国人と一緒に暮らすには、パイリンガルといって、外国語を学ぶということが必要になると思うのですが、このような今の子供のセンスに合わせて、共感して、そこから新しい関係をつくっていくということが、必要になるのではないでしょうか。つまりこれは、パイリンガルのすすめといってもいいですし、あるいは共生のすすめといってもいいですね。今の子供は昔の子供と違って、平均にまとまっていないことから、学級崩壊や校内暴力がおこってくるわけですが、逆にいうと彼らは、我々にできないようなこともできるわけです。つまり、豊かなイマジネーションを基にして、創造的な、クリエイティブな思考をする可能性をはらんでいます。我々と違うからといって敵視するのではなく、寛容さが我々にもとめられるのではないかと思います。

 宮沢賢治と現代の子供ということを考える場合、現代の子供の心の変容をしっかり見据えて、その上で、その変化に対応していくということです。これは、パイリンガルでもあるし、違った文化を持った人間とのつき合いでもあるわけです。

(本要旨の文責は事務局にあります。)