イーハトーブ館企画展示9

拡がりゆく賢治宇宙
「大正デモクラシーと宮沢賢治」

 
1997年2月1日〜7月18日
「大正デモクラシーと宮沢賢治」展のご案内
阿部 淋之
主催
宮沢賢治生誕100年記念事業花巻市実行委員会
宮沢賢治学会イーハトーブセンター
宮沢賢治イーハトープ館

ごあいさつ一賢治を生んだ肥沃な土壌−

 ちょうど100年前の19世紀末に生を受けた宮沢賢治は、4歳の時に世紀も新たになり、15歳の多感な年代に大正という新しい時代を迎え、昭和8年まで生きます。その多彩な活動の時代背景に注目するなら、それは15年間の大正期にはぼ重なるといって過言ではないでしょう。

 本展示では、大正期の時代思潮の中心である大正デモクラシーの個人の自由と権利を求める政治・制度などの動きに呼応して、自由や個性を求める解放された空気のなかで花開き、広くゆきわたった宗教・思想・芸術などの文化的な側面に注目しながら、賢治が自らの活動の養分として吸収した大正という時代の文化的土壌を探ってゆきます。

 展示の横成は、宗教、科学・社会思想、芸術に、実践を加えた四つの観点を主軸に据えました。精神や思想を求めるだけではなく、いかに生きるかという具体的実践を重んじる傾向が大正デモクラシーの文化的土壌の特色であるともいえます。これは、賢治の活動の根幹を掴むうえでも重要な観点で、本展示の特徴と言えます。

 また、大正期という時代の特色をあらわすキイ・ワードとして、「自由」に加えて「生命」に注目しました。文学はもちろん、音楽、演劇、映画、美術、天文、地学、化学、園芸、農業、宗教など、幅広い分野に精通して様々な実践を試みたマルチ人間であったといえる賢治の多様な分野への関わりも、その中心に「生命」への共感があると思えるからです。そのことも、大正期の特色と重なり、各分野の境界を超えて「生命」という核心につながるものを吸収してゆこうとするエネルギーに満ちた時代であったといってもよいでしょう。

 賢治も、大正という時代の肥沃な文化的精神的また社会的土壌から多種多様な養分を吸収し、その梢は四次元に届くほどに高くそびえた存在であったといえるでしょう。その高さゆえに時代を超えて未来圏からの風を受け、新しい世界を暗示している賢治が、二十一世紀を目前に、新しい、よりよい世界を模索している私たちに、大きな示唆を与えてくれるものとして今日、改めて注目されていますが、その指し示す世界を真に理解するためにも、木が高ければ高いほど深く根を張りめぐらす、その土壌がどのようなものであったかを知ることは、重要な意味をもってくるでしょう。本展示はその全体のほんの粗硬なスケッチに過ぎませんが、これがそうした土壌に目を向ける入り口になれば幸いです。


展示の構成

  1. はじめに
  2. 既成の宗教と賢治
    ――賢治をとりまく仏教者とキリスト者――
    • 仏教近代化運動と夏期仏教講習会
    • 在郷の仏教者と賢治
    • 在郷のキリスト者と賢治
  3. 新たな宗教の動きと賢治
    ――国柱会・大本教・帰一協会――
    • 国柱会
    • 大本教
    • 成瀬仁蔵
    • 帰一協会
    • 姉崎正治
  4. 賢治を培った海外の思想家・科学者
    • 幻想的画家・詩人・予言者
      −ウイリアム・ブレイクー
    • 万物のメッセージを読み取る詩人
      −ウォルト・ホイットマンー
  5. 日本の思想界と賢治
    ――「改造」を中心に――
    • 雑誌「改造」をめぐって
    • 農民芸術について
    • 吉江喬松
    • 室伏高信
    • エスペラントについて
  6. 科学界の動きと賢治
    ――宇宙・生命・神秘への関心――
    • アインシュタイン
    • アインシュタインによる相対性理論ブーム
    • 石原純
    • 顕微鏡と望遠鏡
    • 木村栄
    • 水沢緯度観測所
    • 心霊科学の動き
    • 南方熊楠
  7. 西洋美術と賢治
    ――文学・音楽と響き合う美術――
    • 大正期の西洋美術の影響
    • 雑誌「白樺」の果たした役割
    • ゴッホと浮世絵について
    • 賢治と浮世絵
    • 萬鉄五郎
    • 柳宗悦
    • 名画複製について
    • 美術と文学の交流
    • 東郷育児
    • 原泰
    • 賢治の絵
    • 恩地孝四四郎の木版と賢治の水彩画
    • 岩手県内の美術界
  8. 西洋音楽と賢治
    ――賢治の出会った洋楽をめぐって――
    • 山田耕作
    • 新響と賢治
    • 浅草オペラ
    • 太田カルテット
    • 藤原嘉藤治
    • 俗曲開顕
  9. 演劇・映画界と賢治
    ――賢治の見た演劇・映画――
    • 新劇
    • 田中智学について
    • 逍遥の文芸協会
    • 映画
  10. 大正自由教育と賢治
    ――児童解放の実残・山本鼎を中心に――
    • 児童の解放
    • 八大教育主張
    • 「赤い烏」について
    • 山本鼎の自由画数育運動
    • 賢治の自由画教育
  11. 解放運動の動きと賢治
    ――労働者・農民・女性・部落・少数民族――
    • 民衆詩派の運動
    • 雑誌「解放」について
    • 賀川豊彦
    • 農民解放
    • 女性解放
    • 部落解放
    • 少数民族へのまなざし
  12. 求道的実務と賢治
    ――トルストイの影響を中心に――
    • レフ・トルストイ
    • 武者小路実篤の新しき村
    • 西田天香の一燈園
    • 倉田百三
    • 伊藤証信の無我苑