宮沢賢治学会春季セミナー

 
賢治の青春を訪ねて
【主催】:宮沢賢治学会イーハトーブセンター
【日時】:2003年3月22日〜23日
【場所】:岩手医科大学60周年記念館研修室
【内容】:
22日
13:30 講演「宮沢賢治と盛岡中学校─その最初の作品を読む─」小川達雄氏
15:00 講演「宮沢賢治と盛岡高等農林学校─賢治の思想を育んだ所」田口昭典氏
16:30 講演「宮沢賢治における宗教」黒澤 勉氏
18:30 交流・懇親会
20:00 閉会
23日
9:00 宮沢賢治文学散歩 in 盛岡
A中津川青春の道コース(ゆったりコース)
ガイド代表 黒澤 勉
岩手公園賢治詩碑前集合→岩手公園原啓碑→市役所裏 詩歌の散歩道(賢治・ 小田島孤舟・啄木)→中ノ橋→プラザおでって(盛岡てがみ館)→啄木・賢治青春記念館→ 新渡戸稲造像→下の橋のたもと(賢治清水・チャクチャグ馬っ子の歌碑・賢治の井戸)→ 「どげ」にて昼食→岩手銀行(歌碑)→岩手医大(岩手病院の詩碑・啄木歌碑)→ 内丸教会→裁判所(石割桜)→解散
Bモーリオ啄木賢治青春コース(健脚コース)
ガイド代表 佐々木守功
盛岡駅(啄木歌碑付近集合)→啄木出会い道→材木町(光原社)→啄木新婚の家→ 岩手大学(農業教育資料館)→盛岡一高(「生徒諸君に寄せる」詩碑→仁王小・四ツ谷教会・内丸教会→ 岩手医大・岩手銀行(啄木・賢治詩碑)→裁判所(石割桜)→「東家」にて昼食→桜山神社→ 岩手公園(啄木歌碑・稲造「我太平洋の」碑・賢治詩碑)→下の橋たもと(賢治清水・チャクチャグ馬っ子の歌碑・ 賢治の井戸)→中津川沿いに 啄木・賢治青春記念館→プラザおでって(盛岡てがみ館)→解散
C修羅の目覚めコース(健脚コース)
ガイド代表 吉見正信・森 義真
下の橋教会前 賢治清水集合→岩手公園(賢治詩碑・原啓碑)→市役所裏 詩歌の散歩道(賢治・小田島孤舟・啄木)→ 県公会堂→岩手医大(岩手病院の詩碑・啄木歌碑)→清養院・龍谷寺→報恩寺→願教寺→教浄寺→「丸岩」昼食→ 盛岡一高(「生徒諸君に寄せる」詩碑)→岩手大学(農業教育資料館)→材木町(光原社)→盛岡駅解散

受付風景

会場内部

参加報告

 
セミナーに参加して

 会場の岩手大学はその昔、賢治の在籍した盛岡中学校があった場所にあります。 斜め向かいには賢治が入院したことのある岩手病院もあります。

 8階まであがるとひろびろとしたロビーと研修室。ここで小川さん、田口さん、 黒澤さんの講演が連続してあり、賢治の青春時代の話をたくさん聞くことができました。

 翌日はたいへんよい天気に恵まれ、盛岡の町を歩きました。

 A、B、Cの3コースに分かれましたが、私はBコースに参加。材木町の光原社や 啄木新婚の家からいよいよ岩手大学のキャンパスへ。昔の寮のあとや、校舎のあとを見学。

 校舎あとの碑には鈴木梅太郎と宮沢賢治の名が刻まれています。鈴木梅太郎は 世界的な学者ですが、一学生にすぎない賢治の名があるのは、やはり人気の高さなのでしょう。

 岩手大学の向いの盛岡一高は高校とは思えない立派な建物です。ぜんたいに盛岡市の 学校はみんな立派ですね。町中を歩いて地蔵や教会を見ながら、石割桜の前で 記念撮影。昼食後は岩手公園から中津川沿いを散歩。啄木・賢治青春記念館はかつての 銀行の建物です。最後に盛岡てがみ館を見学して、無事解散しました。

 案内のみなさま、準備から当日の説明まで、どうもありがとうございました。


講演紹介

 
「宮沢賢治と盛岡中学校─その最初の作品を読む─」
小川達雄氏

 賢治の最初の文学作品である、明治42年の短歌を中心に、中学校時代の賢治のお話をうかがいました。

 最初の一首は「中の字の徽章を買ふとつれだちてなまあたたかき風に出でたり」

 これらの短歌の情景を具体的に追求していくのがおもしろいお話でした。

 盛岡中学校はバンカラの校風で、賢治もそれにもれずずいぶんな悪ガキだったとのことでした。

◆講演者の紹介◆

 埼玉県在住。昭和5年生まれ。盛岡市に40年間在住し、岩手県内各高校に勤務の後、 東京・埼玉の高校に勤務。古代文学専攻。

 昨年9月まで盛岡タイムスに「宮沢賢治の中学校時代」390回連載。


 
「宮沢賢治と盛岡高等農林学校─賢治の思想を育んだ所」
田口昭典氏

 高等農林で賢治の後輩にあたる田口さんは、日本で最初の高等農林である盛岡高等農林の 出発から、いろいろなエピソードを交えてお話されました。

 賢治の出た「農芸化学科」は今はもうなくなり、新しい学科になっているそうです。

 寮の話や同窓生、鈴木梅太郎博士のオリザニンの研究など、盛岡高等農林にまつわる いろいろな話がありました。時間切れで「アザリア」同人の話が聞けなかったのは 残念でした。

◆講演者の紹介◆

  • 1928年 秋田県仙北郡田沢湖町に生まれる。
  • 1946年 賢治の跡を慕って盛岡高等農林専門学校農芸化学科入学。
  • 1949年 同校同科卒業。高校教諭として1989年まで勤務。
  • 1988年 岩手日報文学賞賢治賞受賞。
  • 1989年 秋田大学教育学部非常勤講師。1999年まで勤務。
  • 1990年 宮沢賢治情報誌「あるびれお通信」発行。今に至る。(現在671号)

 
「宮沢賢治における宗教」
黒澤 勉氏

 渋い声で岩手弁をしゃべる黒澤さんは実はカソリックの信者だそうです。そんな黒澤さんから見た、 賢治の宗教経験をお話されました。

 浄土真宗の家に生まれた賢治の宗教的な経験は、その後法華経との出会い、キリスト教への関心 などを経て、国柱会入会に至ります。

 妹の死、農民運動から病についても、賢治の祈りはやむことはなかったという話でした。

◆講演者の紹介◆

 岩手県滝沢村在住。岩手医科大学教養部教授。病者の文学、地域文化(方言・民謡)の研究、 「日本語つれづれ草」(岩手日報社)「東北民謡の父 武田忠一郎伝」「病者の文学─正岡子規」 「子規の書簡(上)(下)」「宮沢賢治作品選」「盛岡ことば入門(一)(二)」(いずれも信山社)など。


会場風景