「2001 牧場の風と光のまつり──宮沢賢治と岩手山麓──」なんとも欲張った行事の名
称であった。地方セミナーを開催するに当たり、あわせて賢治が愛してたびたび訪れた岩
手山麓とりわけ小岩井農場周辺の風光を存分に味わってもらおうとセミナーを含めた行事
全体をこう命名したのである。やはり賢治愛好の方々にとってこの地域の知名度は高く、
事前申し込みの参加者は北海道から九州までおよそ100人、それに当日参加者と地元民
を含めて約300人がセミナー会場を訪れた。
星のまつりは11月10日(土)と11日(日)の2日間、雫石町を中心に開催した。1日目
の10日は地方セミナーとして町立中央公民館ホールを会場に研究発表と記念講演、パネル
ディスカッションを行った。研究発表1では岩手県立大学の米地文夫教授が「賢治の自然
観・災害観──「化物丁場」を中心に──」のテーマで、短編「化物丁場」を題材に作品
の生まれた背景と賢治の自然観、災害観について考察し、「賢治は自然災害の脅威に対し
て普通の人と同じように、またはそれ以上に鋭い感性で恐怖感を持っていたと考えられる。
それが関東大震災によって表出し、「化物丁場」や「風景とオルゴール」の連作がつくら
れた。」「しかし、やがてそれは無常感へと至り、文語詩「化物丁場」の中に人間の自然
の前での無力さや人間の営みへの無常感を表現したのではないか」と持論を展開した。研
究発表2では秋田県立秋田東高等学校の榊昌子教諭が詩集「春と修羅」第二集の中から、
純粋な会話体を保った希有な作品とされる「三三〇〔うとうとするとひやりとくる〕」を
題材に賢治の会話詩の魅力を探った。榊氏は「大正6年10月の「柳沢」の世界と、大正13
年10月のピクニックの幻聴とがブレンドされると、雅と俗、自然と人事、文語と口語に漢
語やドイツ語が綯い交ぜになった、岩手山麓の晩秋のエッセンスのような会話詩が誕生し
た。」とし、「賢治の文学では、ジャンルを問わず、あちこちで魅力的な会話が交わされ
る。「賢治の文学では、ジャンルを問わず、あちこちで魅力的な会話が交わされる。「注
文の多い料理店」「やまなし」などが代表例である。」と結んだ。
記念講演で明治大学の天沢退二郎教授が「宮沢賢治と岩手山麓」と題して、賢治の想像
力にとっての岩手山あるいは岩手山麓を最も端的に表している作品としての「狼森と笊森、
盗森」「気のいい火山弾」、そして4行からなる詩「岩手山」の3つの作品を比較しなが
ら賢治の作品世界に迫った。この中で天沢教授は「狼森と笊森、盗森」の一節を取り上げ、
「短い文章でしかも具体的な言葉であらゆる植物や何千年もの時間、四季を表現している
ことは驚くべきことだ。」と賢治の文章表現の素晴らしさを紹介した。
午後からは「『グスコープドリの伝記』を中心にした火山との共生」をテーマにパネル
ディスカッションを行った。コーディネーターは賢治研究家の吉見正信氏、パネリストは
秋田桂城短期大学の宮城一男学長、小岩井農場展示資料館前館長の岡澤敏男氏、岩手大学
工学部の斎藤徳美教授、県立花巻農業高等学校の阿部彌之教頭の4名。岩手山の火山活動
が活発化している中、賢治作品「グスコープドリの伝記」の内容を中心に、地質学、文学、
火山学、農業にそれぞれ精通しているパネリストたちが持論を展開した。
セミナー終了後、会場を小岩井農場に移して星のまつりの一環である「牧場でティータ
イム」を楽しみ、夜は宿舎やまきばの天文館で賢治談義や星空観察でひとときを過ごした。
翌11日朝は、小岩井農場に初めて建つ賢治詩碑の除幕式を挙行、展示資料館に程近い式
場に関係者・一般約250人が集まった。詩碑には長編詩「小岩井農場」パート一から
「すみやかなすみやかな万法流転の…」のくだり4行を刻んだ。午前10じからは事前申込
者200人がバス4台で「小岩井・滝沢コース」「小岩井・盛岡コース」の二手に分かれ
て賢治作品ゆかりの地を巡るエクスカーションを行った。
星のまつりの2日間、雫石地方は奇跡的というほどの晴天に恵まれ、参加者は澄み渡る
青空に聳える岩手山の麓で賢治文学の原風景を楽しんだのであった。
(実行委員会事務局長)