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宮沢賢治学会冬季セミナー |
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賢治・心平・光太郎
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「時の流れに 高村光太郎、宮沢賢治、花巻共立病院」 佐藤 進氏
佐藤進さんは総合花巻病院の理事長、賢治の作品「花壇工作」の「花巻病院」 (当時は花巻共立病院)の院長佐藤隆房氏のご子息です。 少年時代に高村光太郎が花巻に疎開していたころ、父を通じて光太郎とも親交 があった、ということで光太郎自筆の原稿などもいろいろとスライドで紹介して くれました。 それから非常に珍しい、「賢治詩碑除幕式」の映像もビデオで紹介されました。 この映像は隆房氏がフィルムに撮っていたのをNHKの技術でデジタル化したものです。 草野心平や森荘已池なんかも少しですが映っていました。 最後は病院に賢治のファンタジー花壇を再現したときの映像、また晩年の宮沢清六さんの 姿なんかも、佐藤氏自身の作成ビデオで見せていただきました。 ◆講演者の紹介◆ 上にも書きましたが、「総合花巻病院」の理事長です。 いかにもお医者さんらしい、紳士でした。
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「宮沢賢治と草野心平」北条常久氏
賢治が世に知られるようになった経過には、草野心平という詩人の役割が欠かせません。 いわき市が心平の地元ですが、地元での心平の評判は、賢治と違って最悪だとか…。 こういう話からはじまって、広東在住だった心平のもとに、賢治の「春と修羅」が 友人から届けられた経緯を推理していきます。 孤立しがちな詩人だった賢治とは違う、友情の輪を広げていける、心平の個性は 放蕩な人生と同じように、持って生まれたものなのでしょうか。 ◆講演者の紹介◆ 精霊女子短期大学教授。いわき市の出身で地元の某有名校から東大に進んだ ということで、懇親会では、この地元の教育熱の話をうかがいました。
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シンポジウム「初期賢治研究の再検討」 栗原 敦(司会)、大沢正善、佐伯研二、平澤信一、米村みゆき
宮沢賢治のような、生前無名?だった作家の全集が、死後きわめ て早い時期に、出版されたのは、大いに驚きなんです。その出版に、 草野心平が尽力したことは版元である文圃堂の社長の証言もあり、 よく知られています。 今回の話では、それ以外に、東京での岩手県出身者の集まりや、 詩人の集まりの人々の動き、それに賢治の周辺にいた藤原嘉藤治や 母木光が、賢治の死後すぐに上京していること、など多くの人の力 があった、ということがあげられていました。 また、岩手でも、森荘已池が勤めていた岩手日報を中心に、賢治 の作品を広める動きが盛んだったそうです。学芸欄に賢治を顕彰す る文を沢山載せて、その直後に全集の予約申込みの案内をする、と いう露骨なタイアップ路線だったとか。 ◆講演者の紹介◆
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