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宮沢賢治学会冬季セミナー |
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東北砕石工場と宮沢賢治
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セミナーに参加して 今回の冬季セミナーは「東北砕石工場と宮沢賢治」と題して、現在イーハトーブ館でおこなわれている「賢治研究の先駆者たち(3) 鈴木東蔵展」にちなんだ、鈴木東蔵と東北砕石工場についての講演などを聞きました。 まず初日は鈴木東蔵の四男で、家業を継いだ鈴木豊氏のお話でした。残されている記録から、宮沢賢治の家を訪問したのが「宮沢賢治年譜」にある1929年春ではなく、その年の秋のことであった、ということが話されました。副代表理事の森三紗さんのインタビューなどもあり、高齢ではありますが精力的に東蔵と賢治について研究されている鈴木豊氏のお話を聞くことができました。 その後、「イーハトーブの郷土芸能」ということで、鹿踊りとげいび追分が上演されました。鹿踊りは見慣れた春日流ではなく、一関市の「行山流大木鹿踊り」というものです。「かかし踊り」という演目では、童話「鹿踊りのはじまり」のように、踊っている鹿たちがかかしを怖がって、順に調べに行くという趣向でした。げいび追分は猊鼻渓の川下りで唄われている民謡です。元船頭の方の歌に踊りもつき、楽しませていただきました。 恒例の懇親会は山を登って山猫軒でおこないます。黄昏の花壇を通って、登っていきます。今回は参加者も比較的多く、にぎやかな懇親会でした。 翌日は午前中、佐藤通雅さんと大石雅之さんのお話を聞きました。佐藤通雅さんは宮沢賢治と鈴木東蔵の関わりについて、残された手帳などの記述から報告されました。大石雅之さんは岩手県立博物館の学芸員の方で、地質や古生物の専門家です。賢治のいう「イギリス海岸」が本当のイギリス、ドーバーの海岸とは違って、白亜紀のものではなく、第三紀の新しいものである、というお話もありました。岩手県のページでは、「第三紀末・鮮新世の凝灰岩質泥岩が露出、白亜紀層を想起させることから賢治は、これを「イギリス海岸」と名付けました。」と正しく記述されていますが、「白亜紀の泥岩」と記述されているところもあります。訂正が必要なようでした。 講演が終わると休みなしに観光バスに乗り込みます。お昼は車内で山猫軒特製の大きなおにぎりをいただきました。行き先は水沢の緯度観測所です。正しくは「大学共同利用機関法人自然科学研究機構 国立天文台・水沢観測所」というそうです。行政改革の影響がこんなところにも出ているようです。 車内で緯度観測所を紹介するビデオを見ながら行きました。緯度観測所といえば木村博士と「Z項」が有名ですが、主にその話で、地球の自転軸の「ゆれ」についての研究をしているという紹介でした。 観測所に着くと、まず講義室で簡単なお話を聞き、2班にわかれて構内を案内していただきました。現在の本館の他に2棟の建物があります。一番古いのが1899年の創立当時の建物で、現在は「木村記念館」として観測器具の展示などがされています。ここは中に入って、詳しく説明をいただきました。もう一棟は1921年建築の旧本館です。二階建ての立派な建物ですが、老朽化のため、まもなく取り壊す予定だそうです。ここは中に入れませんでした。宮沢賢治は何度かこの観測所を訪れています。そのとき賢治が入ったのはこの建物だったそうです。詩にもそのときの様子が残されています。 木村博士の時代から、20年くらい前までは天体望遠鏡で観測していたということですが、現在では普通の望遠鏡ではなく、電波望遠鏡での観測に変わっています。広い構内には、かつて光学望遠鏡で観測していたという場所もありました。現在ではその南側に、立派な電波望遠鏡があり、ときどき自動的に動いて、観測を続けている様子でした。 もりだくさんの企画でしたが、今回は岩手県でも南の方、旧伊達藩の地域と賢治とのかかわりを追ったという気がしました。企画、実行された理事の皆さん、ありがとうございました。
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